勤労感謝の日の由来は「新嘗祭」。五穀豊穣を神仏に感謝する日・収穫祭

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法律的な定義
勤労感謝の日は、国民の祝日に関する法律(祝日法)により1948年(昭和23年)に公布・施行された。
趣旨は「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」日です。

歴史
古来より稲作を中心とした農業国家であった日本には、古くから八百万の神々に五穀の収穫を祝う風習が民衆にありました。
また、米を中心とした収穫物(年貢)は、国家としても、税金であり国家運営をするためには欠かすことの出来ないものです。
それを如実に表したものが、大名家などの規模を表す石高です。
ちなみに「1石」とは、成人1人が1年間に消費する米の量であり、石高とは、何人分の米が生産できるか土地を有するかを表し、加賀100万石とは、100万人を養うことができる規模の国という意味です。

1石=1,000合
米1合は、大人の約1食分
毎日3食ご飯を食べたとすると
1石 × 3食 × 365日 = 1095合(約1000合=1石となる)
田んぼの面積を表す1反も、もとは米1石の収穫が上がる面積である。
一石の米を買える金額が「一両」であったとされる。

国家の一年を養う大切な蓄えとなる年貢(税金)であることから、収穫物に感謝する大事な行事として、飛鳥時代の時の天皇が新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)という宮中祭祀が行なわれるようになった。
1872年(明治4年)までは、新嘗祭を旧暦11月の2回目の卯の日に行われていたが、1873年に太陽暦(グレゴリオ暦)が導入などの影響により、1874年からは11月23日に固定された。
第二次世界大戦後は、アメリカGHQが国家神道と結びついた新嘗祭を危険視し(占領政策)により、天皇行事・国事行為から切り離される形となったものが現在の「勤労感謝の日」です。